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女子アイスホッケーのエース・志賀紅音選手は、北海道帯広市という地方都市から世界トップリーグへの扉をこじ開けた選手です。
本記事では、小学1年でアイスホッケーを始めてから北京五輪2得点・日本人初PWHL選手になるまでの学歴・経歴を時系列でまとめます。
志賀紅音の出身地とアイスホッケーとの出会い
志賀紅音選手は、北海道帯広市の出身です。
スケートが身近な北海道の環境の中で育ち、幼稚園の頃からスケートに親しんでいたと言われています。
小学1年生のとき、姉・志賀葵選手がアイスホッケーを始めたことをきっかけに、紅音選手も同じ競技への道を踏み出しました。
帯広市内の小学校・中学校時代から地元クラブで腕を磨き、中学3年にして女子日本代表候補に飛び級招集されるほどの才能を示しました。
幼少期から才能が際立っていた志賀選手の軌跡は、帯広から世界へという地方出身アスリートの夢の体現と言えるでしょう。

高校・大学時代——アイスホッケーと学業の両立
高校は北海道帯広三条高等学校に進学し、競技と学業を両立させながら実力を磨いていきました。
大学は北海道文教大学人間科学部健康栄養学科へ進学し、スポーツ科学と栄養学という競技に直結する分野を学びました。
大学在学中にはトヨタシグナスでトップリーグに参戦し、実戦経験をさらに積み重ねていきました。
2018年の平昌オリンピックでは、姉・葵選手のみが代表に選出され、紅音選手は惜しくも選外となりました。
この悔しさが、その後のさらなる成長への強い原動力になったとされています。
2022年北京オリンピックで歴史を刻む
大学4年・21歳という若さで、志賀紅音選手は北京五輪代表入りを果たしました。
姉・葵選手とともに念願の姉妹そろってのオリンピック出場を実現させた瞬間は、2人にとって忘れられないものとなったでしょう。
大会ではデンマーク戦・フィンランド戦での2得点を記録する活躍を見せました。
日本チームは日本女子アイスホッケー史上初の準々決勝進出・6位入賞という歴史的快挙を達成し、志賀選手の名前は一躍全国に知られるようになりました。

大学卒業後のキャリア——デンソー北海道から海外プロへ
2023年に北海道文教大学を卒業し、デンソー北海道に入社した志賀紅音選手は、さらなる高みへの挑戦を続けました。
2024年には日本人として初めてPWHL(北米女子プロリーグ)のオタワ・チャージとの契約を勝ち取り、歴史に名を刻みました。
翌シーズンはスウェーデンのSDHL Luleå HFへ移籍し、ヨーロッパ最高峰の環境でさらなる技術向上に努めています。
そして2026年のミラノ・コルティナオリンピックでは2度目の五輪出場を果たし、その活躍は世界中から注目を集めています。
まとめ
北海道帯広市から出発した志賀紅音選手の歩みは、努力と挑戦の連続でした。
小学1年から始めたアイスホッケーで、北京五輪2得点・日本人初PWHL選手・スウェーデンプロリーグ挑戦と、次々と新しい歴史を打ち立ててきました。
今後もその挑戦は続くとみられ、日本女子アイスホッケーを牽引する存在として注目し続けたい選手です。



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