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黒沢年雄の妻として知られるモデル・街田リーヌ。介護ニュースで名前をよく見かけるようになった方も多いのではないでしょうか。
パリのブティックでの一目惚れ、半年後の電話、フランスへのラブレター攻勢。10年間の交際を経て結婚した二人の、知られざるラブストーリーをご紹介します。
街田リーヌのプロフィール:石川県出身のモデル
街田リーヌは石川県出身で、旧姓は宮崎といいます。若い頃からモデルとして活躍し、パリなどでショーに出演していたと言われています。
黒沢年雄との結婚後は「黒沢街子」として活動し、夫の芸能生活を支えてきました。

二人の間には娘・黒沢レイラ(旧芸名・三井万裕美)が誕生しており、現在はロサンゼルスを拠点に不動産コンサルタントとして活躍しています。
知性と気品を兼ね備えたモデルとして、黒沢年雄が一目惚れしたのもうなずける経歴の持ち主です。
黒沢年雄との出会い:パリ・ディオールでの一目惚れ
黒沢年雄が27歳の頃、パリのディオールショップを訪れた際に街田リーヌを見かけ、一目で惚れ込んだといいます。
その場で電話番号を書いたメモを渡したものの、電話がかかってきたのは半年後のこと。待ちわびた黒沢年雄は、その後フランスへ何度もラブレターを送り続けました。
10年間の交際を経て、1976年についに結婚が実現。「10年もかけた」というエピソードが、黒沢年雄の粘り強さと真剣さをよく表しています。
諦めずにラブレターを送り続けた姿勢は、後にがんや借金という逆境にも折れずに向き合う黒沢年雄の生き方と重なります。
結婚後の二人の歩み:がん・借金・介護を共に
結婚後の50年近い歳月は、決して平坦なものではありませんでした。
夫のがん闘病(1992年の大腸がんを皮切りに現在まで)を長年にわたって支え続けた街田リーヌ。またバブル崩壊による8億円もの借金も、二人で力を合わせて乗り越えてきました。

さらに1992年の入院時には、妻が古いアルバムの写真の中からニット帽をかぶった黒沢年雄を発見。それがきっかけで現在のトレードマークのニット帽スタイルが生まれました。
夫の再生を支えたのも妻の一言だったとも言えます。そして今度は、50年近い結婚生活の後に妻が認知症を発症するという局面を迎えています。
まとめ:認知症になっても「愛がダダ漏れ」な夫の姿
認知症を発症した妻のために、毎日介護施設に通い、リハビリ・外出・自宅ケアをこなす黒沢年雄。日刊ゲンダイが「愛がダダ漏れ」と表現したほどの献身ぶりが話題を呼んでいます。
「やり通してみせる」という言葉には、10年間のラブレター作戦から始まった、50年越しの愛情が凝縮されています。
パリで出会った二人のラブストーリーは、形を変えながら、今もなお続いているのかもしれません。



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