ひとことプレスへようこそ。
きっかけはフジテレビ「千鳥の鬼レンチャン」のサビだけカラオケでした。
Beverly(ビバリー)の歌声に圧倒され、「この歌声は一体どんな家庭で育ったのか」と気になったのです。
手がかりは英語版Wikipediaの一文だけでした。
そこから両親・兄妹・フィリピンの実家を、現地情報まで当たって調べてまとめた記録をお届けします。
Beverlyの家族を調べたきっかけと家族構成
鬼レンチャンの歌声に驚き家庭環境が気になった
調査の出発点は、フジテレビの人気企画「千鳥の鬼レンチャン」でした。
サビだけカラオケで、音程を外さずにサビを10曲連続で歌い切れば100万円という難関企画です。
そこで聴いたBeverlyの圧巻の歌唱力に、私は素直に驚かされました。
そして「この才能は、いったいどんな家族や環境から生まれたのだろう」という疑問が湧いてきたのです。

出発点はWikipediaの「兄妹がいる第3子」という記述
日本語で家族の情報を探してもほとんど出てこなかったため、英語版Wikipedia「Beverly (singer)」のEarly life(生い立ち)のセクションを開きました。
Wikipediaによれば、Beverlyは4人きょうだいの第3子で、兄が1人と姉が2人いるとされています。
つまりWikipediaを出典とすれば、Beverlyには兄妹がいて、家族のなかでは下の方の立場で育ったことになります。
ただし、このセクションも無出典で、記事冒頭には要出典の警告バナーが貼られている点は念頭に置く必要があります。
出身はフィリピン・ラグーナ州カランバ市の家庭
Beverlyの出身地は、フィリピンのラグーナ州カランバ市(Calamba City, Laguna)です。
地方の家庭で育ったことは複数のソースで共通していました。
一方で、実家の経済状況や信仰について明示する信頼できるソースは見つからなかったため、ここでは断定を避けます。
Beverlyの両親(父・母)と母娘の物語
父Ramon・母Leticia(Wikipediaによれば)
両親についてもWikipediaに記述があります。
Wikipediaによれば、父はRamon Vega Caimen(ラモン・ベガ・カイメン)、母はLeticia Valdez Lumbres(レティシア・バルデス・ルンブレス)とされています。
本人のミドルネーム「Lumbres」が母方の姓に由来しているのは、フィリピンの命名習慣に沿った形です。
なお、両親の実名はWikipedia系の情報のみで現地一次ソースの裏付けは弱く、「父は故人」という記述も現地では確認できなかったため、いずれも断定はできません。
5歳の才能発見と9歳の初コンテスト、母の励まし
ここからが、現地の情報でも裏付けの厚い母娘の物語です。
幼い頃のBeverlyはラジオに合わせてホイットニー・ヒューストンやビヨンセを歌うのが好きでしたが、極度に内気で、家族の前でしか歌えなかったといいます。
5歳で歌い始め、母が学校に通わせたことをきっかけに、その才能が見出されました。
7歳で学校の聖歌隊に入り、9歳のときには多忙な母が仕事の合間を縫ってボイスレッスンに通わせてくれたそうです。
同じ9歳で地元バランガイの初めてのコンテストに出場し、結果は負けでしたが、母は「勝てなくていい、大事なのは経験」と励ましてくれました。
この言葉が、その後の原動力になったと本人は振り返っています。
WCOPA優勝で帰国した日の涙の抱擁と「Mama Said」
母娘の物語には、忘れがたい場面があります。
2013年、ロサンゼルスで開かれた第17回WCOPA(世界舞台芸術選手権)でシニア・グランドチャンピオンを獲得し、19歳で帰国したときのことです。
母が涙を流しながら駆け寄って抱きしめてくれた瞬間を、本人は「人生で最高の瞬間」と回想しています。
2015年5月には、母と来日中に日本のマネージャーから作詞を課され、初めて作詞した曲が母を題材にした「Mama Said」でした。
親族によれば、容姿は母方の祖母似、歌の才能は父方の祖父譲りなのだといいます。
Beverlyの兄妹は?フィリピンの情報を調べた結果
兄1・姉2の末っ子という家族構成
兄妹についてあらためて整理します。

Wikipediaの記述では、Beverlyは兄1人・姉2人の4人きょうだいの第3子とされ、末っ子に近い立場と読めます。
ただし原文は年上か年下かを明示していないため、ここでは「兄妹がいる第3子」という事実までを軸にしておきます。
きょうだいに有名人はいるのか調べた結論
歌の才能が際立つだけに、きょうだいにも歌手や有名人がいるのではと考えて調べました。
しかし、きょうだいに有名人や歌手がいるという情報は、どのソースからも見つかりませんでした。
才能については「父方の祖父譲り」と親族が語る説明があるのみで、きょうだいの実名や職業もヒットしませんでした。
現地ソースの壁(調査過程:ペイウォール・同名の壁)
この調査では、いくつもの壁にぶつかりました。
生い立ちの詳細が載っているはずのInquirerの記事「Spotlight on Beverly Caimen」は本文が403エラーで直接読めず、検索の要約から内容を確認するしかありませんでした。
タガログ語で「Beverly Caimen pamilya magulang kapatid(家族・両親・きょうだい)」と検索しても、同名で無関係の投稿ばかりが並びました。
結局、兄妹の構成は全ソースで「兄1・姉2」に集約されたものの、名前や有名人の有無まではたどり着けませんでした。
まとめ:Beverlyの家族と現在
Beverlyの家族について整理すると、両親の名は父Ramon・母LeticiaとWikipediaに記されておりますが、出典等は確認できませんでした。
兄妹は兄1人・姉2人の4人きょうだいで、Beverlyは第3子とされています。
一方で、フィリピン現地のソースまで当たっても、兄妹の実名や有名人の有無といった詳細までは出てきませんでした。
圧巻の歌声の背景には、母を中心とした温かな家族の支えがあった、というのが調査を終えての結論です。


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