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2026年5月6日に大葉健二が72歳で亡くなり、訃報を受けて「妻はどんな人だったのか」と検索する人が一気に増えました。
彼の妻は元JACの後輩で、現在は松山にあるイベント会社「LUCK JET(ラックジェット)」の代表取締役を務めています。
表に出ない妻が、なぜ社長というポジションに座ることになったのか、そのいきさつを公開情報の範囲でまとめました。
大葉健二の妻はJACの後輩
JAC(ジャパン・アクション・クラブ)で出会った
大葉健二の妻は、彼が所属していたジャパン・アクション・クラブ(現ジャパンアクションエンタープライズ)の後輩にあたる女性です。
大葉本人や関係者の過去のインタビューで「同じJACの後輩」という表現が何度か使われており、芸能界・特撮業界の中では知られた事実でした。
JACは千葉真一が設立したアクション俳優・スタントマンの集団で、男女問わず厳しい身体訓練を積んだメンバーが在籍していました。
妻も俳優・スタント志望でJACに入り、大葉とは現場やレッスン場で接点があったとされています。
結婚した時期や馴れ初めの詳細は本人たちが公表しておらず、メディアにも積極的に登場することはありませんでした。
俳優の妻としてではなく、後にイベント会社の経営者として裏方に回ったタイプです。
氏名・写真は非公開
妻の氏名や顔写真は、現時点で大手メディアにも本人のSNSにも出ていません。
LUCK JETの公式サイトの会社概要に代表取締役として記載はあるものの、本記事では個人特定を避けるため氏名は伏せます。
大葉健二自身も、妻についてバラエティ番組などで詳しく語ることは避けてきました。
特撮ファン文化の中で「ヒーローの妻」というイメージが先行することを避けたかったからだろうと、関係者の間では説明されています。
結婚生活の中で前に出るのは大葉健二だけ、というスタンスを夫婦で長く守ってきたわけです。
娘である新葉尚も、母親の名前や姿をSNSで公開したことはありません。

妻が社長を務める会社「LUCK JET」とは
1988年に大葉健二が松山で設立したイベント会社
LUCK JET(株式会社ラックジェット)は、大葉健二が1988年に故郷の松山で設立した会社です。
事業内容はキャラクターショーや地域イベントの企画運営、出演交渉、舞台演出などが中心で、四国を拠点に活動してきました。
大葉本人がギャバンや戦隊シリーズで培った人脈を生かし、東京の俳優・スーツアクターを松山のイベントに呼ぶ橋渡しもしていたと伝えられています。
地方の子供向けイベントを30年以上にわたって続けてきた点で、松山ではある程度知られた地元企業です。
本社は松山市内にあり、規模としては大企業ではないものの、地域密着型のイベント会社として安定した活動を続けてきました。
大葉健二が長く社長を務め、現場の演出にも自ら関わっていたといいます。
2018年に妻が代表取締役に就任した経緯
2018年、大葉健二は松山の自宅で倒れて入院しました。
このタイミングで会社運営の継続が課題となり、妻が代表取締役に就任します。
大葉本人が長期入院・療養に入ったため、現場仕事を含む経営判断を別の人間が担う必要があったわけです。
すでにJAC時代から会社の業務にも関わってきた妻が、自然な流れで社長職を引き受けた形になりました。
2018年以降、LUCK JETの公式サイトや法人登記の代表者欄には妻の名前が記載されており、現在もその体制が続いています。
大葉健二は会長のような立場で名前を残しつつ、実務は妻に任せる形で松山で療養を続けていました。
なぜ「妻」が社長になれたのか
JAC時代から会社運営を間近で見ていた
妻はJAC出身で、芸能・舞台・アクション業界の現場を体感として知っている人物です。
1988年のLUCK JET創業時から、表に出ないところで会社の業務を手伝っていたと関係者談として伝えられています。
イベント会社の経営は、出演交渉・現場の段取り・地元自治体との折衝など、業界の事情を分かっていないと難しい仕事です。
その点、彼女はもともとJACに所属していた経験から、業界の論理も大葉健二の人脈も把握していました。
外部から経営者を招くのではなく、夫の入院で妻が代表に就いたのは、社内の事情を一番知っているのが彼女だったからだと説明できます。
結婚以来、妻が「ただの主婦」だったわけではなかったことが分かります。
娘・新葉尚を育てながらの社長業
長女・新葉尚は1999年生まれで、2018年時点では18〜19歳。
つまり妻が社長に就任したのは、長女がちょうど芸能の道に踏み出す前後のタイミングでした。
次女についてはここでは触れませんが、もう一人の娘も含めて子育てを続けながら、夫の療養と会社経営を両立してきたことになります。
2019年に新葉尚が声優アワードのオーディションでデビューを決めた時期も、家庭は大きな転換点を迎えていたはずです。
松山で会社を回しながら東京の長女のキャリアスタートを支える、という二重の役割を担っていたわけです。
表に名前は出さずとも、家族の生活基盤を地方で守ってきた立場です。

大葉健二逝去後、会社はどうなる?
2026年5月7日時点では公式発表なし
大葉健二の訃報が出た翌日にあたる2026年5月7日時点で、LUCK JETから今後の体制についての公式発表は出ていません。
会社の公式サイトにも、現時点で代表者変更や事業縮小のアナウンスはなく、通常運営が続いているように見えます。
2018年以降の代表取締役は妻のままで、登記上の体制も大きくは変わっていない見込みです。
大葉健二が表向きの「顔」として担っていた役割が抜けることで、今後の業務にどう影響するかは現時点で未知数です。
ただ、すでに7年以上にわたって妻が代表として運営してきた実績があるため、急激な変化は想定しづらいでしょう。
松山を拠点とした地元イベントは継続予定
LUCK JETの主力事業である松山周辺のイベント・キャラクターショーは、地元の自治体・商業施設との取引関係が長く続いています。
夏休み・冬休みシーズンの定例イベントは、すでに2026年分のスケジュールが組まれているものもあり、業務として簡単に止められない部分です。
大葉健二の逝去によって追悼イベントが組まれる可能性はありますが、それを除けば地元での活動は継続される見通しです。
2018年からの体制は、結果として「夫が亡くなった後の会社をどうするか」という課題に対する答えを先取りしていた形になります。
松山という地方都市、30年以上続いた会社が、これからどう運営されていくかは、地元の特撮ファンも注目しているところです。
まとめ
大葉健二の妻は元JACの後輩で、氏名・写真は非公開のまま、現在は松山のイベント会社LUCK JETの代表取締役を務めています。
2018年に大葉健二が自宅で倒れて入院したのを機に妻が社長に就任し、以来7年以上にわたり会社運営を担ってきました。
1988年創業のLUCK JETは松山を拠点に地域イベントを企画してきた会社で、JAC時代から業界を知る妻が経営を任されたのは自然な流れだったと言えます。
2026年5月7日時点で会社からの公式発表はなく、当面は妻を代表とする体制で松山での事業が続く見込みです。



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